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置などが標準で装備されている。この中でマニピュレータはみなさんも一度は動かしてみたいと思う装置だろうが、小さな窓がら操作しなければならないこともあり、これを巧みに動かすには熟練だけでなく「天性の勘」が必要で、長年やっていてもいつの間にか、回りのみんなが認める名人が決まってくるものだ。この名人は結果的に研究者の人気を集めることとなり、パイロット冥利に尽きる存在である。
海辺に育った人なら一度は経験あると思うが、人間の体は海で浮くようにできている。そこから海底にあるサザエや飽(あわび)を取るとき、人間は、息をこらえ、足を使い海底に向け一生懸命泳がなければならない。しかし、楽に潜るうと考える人はきっとその辺りにある適当な石を持ち、その重みを利用し潜るであろう。まさに深海潜水船の潜航原理は、この石を抱き海底に向かうサザエや鮑を目指すあなたと同じである。直径0.1mm程度の大きさの中空耐圧ガラス球をエポキシ樹脂で固めた浮力材(シンククティックフォーム)を、潜水船は機器の隙間にギッシリと詰め込み、そのままの状態なら海面に浮くように作られている。その状態で、潜水船は石の代わりに鉄板やショットバラストを船底に抱き、いっきに海底を目指すのである。帰ってくるときは、少々お行儀は良くないが、この石(鉄板)を海底に置いてくることになるが。
「しんかい6500」は、1回の潜航に約1,200kgの鉄板を下降用と上昇用に分けて使う。科学の粋を集めて作られた深海潜水船だが、その基本的な原理は「アルキメデスの浮力と重力の法則」そのままである。しかし、そのため分かりやすく人間味温れた乗り物であるとも言える。標準的な海水の比重は海面付近で1.025とされているが、6,500mの深海底は圧力による海水の圧縮、水温の低下による海水の収縮により、その比重が1,057位まで変化する。すなわち、我々が泳ぐとき真水のプールよ海の方が浮きやすく感じるのと同じかそれ以上、海面と6,500mの深海底では浮力が違ってくるのだ。
「しんかい6500」の場合約300kg浮力が海底で増える計算となる。潜水船の浮力材の量は変えられないことから、潜航する海域と深度で、すなわちその現場の海水比重に合わせ毎回持っていく上昇バラスト(鉄板)の重量を変えなければならない。これがなかなか大変な作業で、まず潜航者3名の体重(もちろんパイロット2名と研究者1名)と持っていく観測機器の重量(これをペイロードと呼び耐圧殼外の機器は水中重量)の総重量と、搭載する上昇バラストの合計重量が現場の海水比重から計算される浮力と同じにならなければ、潜水船は釣り合い状態になれない。また、この上昇バラストの重量は、調査終了後投棄されると海面まで帰るのに必要な浮力ということになることから、むやみにその量を減らすことはできない。
そのため、特に重たいパイロットと研究者の組み合わせのときは、持って行きたい観測機器すべてを持っていくことができなくなる。そうすると何のための潜航か分からなくなるというジレンマが起こってしまう。残念ながら、我々パイロット連は長い船上生活による運動不足からほとんどの者が太りすぎて、特に太った研究者(今まで最高は身長190cm以上、体重100kgのアメリカ人)やペイロードの多い潜航のときは、ただ1人の痩せたパイロットの出番となることが多くなってしまう。
水面付近では45m/分以上の速度で下降を開始した「しんかい6500」は、前述のように海底付近まで来ると浮力が増えることから40m/分以下の速度まで速力は遅くなる。海底まであと100m(高度100m)の所まで来たら、持ってきた下降用バラストを投棄する。すると船底に残した上昇用バラストの重量計算が正しかったら、その深度で「しんかい6500」は浮きも沈みもしない状態になる。この状態を我々潜水船乗りは「中性ツリム」と呼ぶ(なぜか文字で書くと「中性トリム」だが)。ここから船の両舷に付いている垂直スラスタと呼ばれる上下方向移動のためのプロペラを下降とし、海底までゆっくり降りていく。従って、この6,500mの海底までほとんど力を使わず来たことになる。もちろん片道2時間半もかかる道中、垂直スラスタだけで来ていたら、電池の容量の問題で海底を見る前に帰らなければならないことになるだろう。こういう潜航方法は「しんかい6500」や「しんかい2000」のような大深度の潜水船だけで、600〜700m程度までの潜水船や各国海軍、自衛隊の「潜水艦」は、水圧があまり高くない水深での潜航であるため、空気タンクに高圧空気を噴射することで浮力を調整する。
海底に軟着陸した「しんかい6500」は、一度その場にきちんと停止し、視界、潮流の強さ、方向を観測する。これは、それから海底を走るにあたり「あて舵」の取り方や、走ったあとを追いかけてくる「濁り」の予想を立てるのに必要である。もちろん、母船「よこすか」へ無事着底したことや、海底の様子を簡単に報告することも忘れず行う。海底はどんな様子とよく人に聞かれるが、陸上に山あり、谷あり、平野あり、大都会ありといちが

 

 

 

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